大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(モ)15686号 判決

債権者 株式会社広屋商店

債務者 斎藤隆二

主文

当裁判所が、昭和二十九年(ヨ)第六、二四九号立入禁止仮処分申請事件について、同年七月二十九日した仮処分決定は、取り消す。

債権者の本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一債権者の申立及び理由

(申立)

債権者訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定は認可するとの判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

債権者は、昭和二十九年三月二十日、茅野和明から、同人所有の別紙物件目録〈省略〉及び図面表示の土地(以下本件土地という)を含む東京都中野区新井町二百四十二番地の三及び二百四十一番の一所在の宅地合計百二十八坪四合五勺について、地上の建物二棟とともに、同人に対する金二百万円の債権の代物弁済として所有権の移転を受け、同月三十日その旨の登記手続を了した。

しかるに、債務者は、同年七月本件土地を梅谷泰夫から買い受けたとして、その所有権を主張し、その頃、本件土地の周囲に有刺鉄線の柵を繞らし、その敷地内に債務者の所有である旨の高札を掲げもつて、本件土地に対する債権者の占有を妨害するに至つた。

よつて、債権者は、所有権に基き、右妨害排除の本訴を提起した、債務者において、本件土地の占有を移転したり占有名義を変更し、もしくは、その上に家屋を建築したりすると、たとえ、本案訴訟において勝訴しても、右土地の明渡しを受けることは、きわめて困難であるから、右請求権の執行を保全する等のため、東京地方裁判所に対し、本件仮処分を申請し(同庁昭和二十九年(ヨ)第六、二四九号事件)、同年七月二十九日「債務者の本件土地に対する占有を解いて、債権者の委任する同庁執行吏に保管を命ずる。執行吏は、その現状を変更しないことを条件として、債務者にその使用を許さなければならない。この場合においては、執行吏はその保管はかゝることを公示するため、適当な方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。債務者は、右土地に建物その他の工作物を築造設置してはならない」旨の仮処分決定を得たが、右決定は相当であり、いまなお維持する必要があるから、その認可を求める。

債務者の抗弁事実中、新井復興土地区画整理組合(以下組合という)が、債務者の主張するような法令に基いて設立された公法人であること、本件土地は組合の区画整理地区の土地であり、かつ債務者主張の日、組合の事業費に充当するための替費地として指定されたこと、その後に至り茅野和明が組合から、これを買い受けたこと及び債権者が本件土地を茅野から代物弁済として、取得するにあたり、組合の承認を得なかつたことは、いずれも、これを認めるがその余の事実は争う。

そもそも、本件土地は、もと茅野和明の所有であつたところ、組合から替費地として指定され、その結果一旦組合の所有に帰したが、その後茅野が、組合から、これを買い受けた。そして、債権者は、茅野から、代物弁済によつてその所有権移転登記手続を了したのであるから、債権者は本件土地の所有である。もつとも、債権者が本件土地を取得するについては、組合の承認を得てはいないが、非組合員である債権者は、組合の規約に拘束されないから、右代物弁済は有効である。しかして、区画整理地区の土地の物権変動についても、民法第百七十七条の規定が適用されるから、仮に債務者がその主張するような経過で本件土地を買い受けたとしても、その所有権取得の登記を了していない以上、その所有権取得を債権者に対抗できる筋合ではない。

第二債務者の申立及び理由

(申立)

債務者は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

債権者の主張事実中、債権者が、その主張するような経過で、本件土地の所有権を取得し、その旨の登記手続を了したこと(ただし債権者は、本件土地について、使用収益権を有しない)本件土地を梅谷から買い受けたとして、本件土地の周囲に有刺鉄線の柵を繞しその敷地内に債務者の所有である旨の高札を掲げたことは認めるがその余の事実は争う。

本件土地については、債務者が使用収益する権限を有するものであるから、前記債務者の行為は、何ら債権者の所有権を侵害するものではない。すなわち、本件土地は、もと茅野和明の所有であつたが、都市計画法第十二条によつて準用される耕地整理法の規定に基いて設立された組合が、昭和二十七年七月十八日、区画整理地区の本件土地を替費地として指定した。そして、茅野は翌二十八年三月二十日、組合から本件土地を買い受け、昭和二十九年三月二十七日梅谷泰夫に、梅谷は更に同年六月二十六日、債務者に、順次、いずれも組合の承認を得て、譲渡した。しかして、替費地なるものは、これに指定される以前の土地とは、全く、その性質を異にし、指定後は、土地の使用収益権は組合に移転し、従前の所有権者は、使用収益権のない所有権のみを保有するに過ぎない(換地処分が確定すると、このような所有権もなくなる。)。そして、組合から替費地を譲り受けた者が、換地処分前にこれを処分するときは、組合の承認を必要とするところ、債権者は、組合から承認を受けることなく本件土地の所有権の移転を受けたのであるから、本件土地について使用収益の権限を有せず、他方債務者は、前記のような経過で本件土地を譲り受け、その使用収益権を有するに至り、換地処分確定とともに、その所有者となるべきものであるから、債権者は、債務者に対し、本件土地の所有権者として、妨害排除を請求し得るものではない。

疎明

〈省略〉

理由

本件土地が、もと茅野和明の所有に属していたこと、右土地が債務者主張のような法令に基いて設立された公法人である組合の区画整理地区内にあること、組合は、昭和二十七年七月十八日、本件土地を、他の土地とともに、組合の事業費にあてるための替費地として指定したこと、その後茅野和明がこれを組合から買い受けたこと、その後、債権者が右茅野から本件土地を他の土地等とともに、同人に対する代物弁済として取得し、所有権移転登記手続を了したこと及び債権者は、右茅野からの本件土地の所有権移転について、組合の承認を得なかつたことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

しかして、前記のような法令に基いて設立された公法人である組合が、区画整理の施行にあたり、その事業費にあてるため、区画整理施行地区内にある土地を組合の替費地として指定した場合においては、換地処分前といえども、右土地の従前の所有者は、これに対する使用収益の権利を失い、該権利は組合に帰属し、組合は、これを処分して、その対価をもつて事業費とすることができるものと解するを相当とすべく、このことは、成立に争いのない乙第四、第五号証及び証人小笠原績の証言からも、これを窺うことができる。従つて、前記替費地の指定により、従前の所有者茅野は、依然として本件土地に対する所有権を有するが、使用収益の権限を失い、組合にこれが移転したものといわなければならない。しかるところ、その後に至り、前記のとおり、たまたま茅野が組合から本件土地を買い受けたので、あたかも同人が替費地に指定される以前の性質を有する本件土地を取得したような形とはなつたが、右買受けにより、茅野は本件土地の使用収益権を取得したに過ぎない。しかして、換地処分前に替費地を処分するには、組合の承認を要することは、前記乙第五号証及び証人小笠原績の証言に徴し明らかであり、しかも組合の承認を得ずしてされた土地の処分は、その効力を生ずるに由ないものと解すべきところ、茅野から債権者に対する代物弁済による前記所有権の移転については、組合の承認のなかつたことは、債権者の認めて争わないところであるから、茅野及び債権者間の右所有権の移転は、その効力を生ずるに由なく、債権者は本件土地について使用収益の権限を取得しなかつたものといわざるを得ない。もつとも、債権者は、替費地の処分について組合の承認を要する旨の組合の規約は、非組合員である債権者に効力を及ぼすものでない旨主張するが、組合が耕地整理法の規定に基く公法人であり、本件土地がその区画整理施行区域内の土地であることについては、当事者間に争いないこと前記のとおりである以上、土地の処分について、右組合の規約の適用がないものとすることはできない。

しかして、その方式及び趣旨に徴し真正に成立したと認め得る乙第一号証の二、三と証人茅野和明及び小笠原績の各証言を綜合すると、本件土地は、その後、茅野から梅谷泰夫を経て債務者に、いずれも規約の定むるところにより組合の承認を得て順次譲渡されたことを推認できるのであるから、他に特段の事由の認むべきもののない本件においては、債務者は、本件土地について、これを使用収益する権限を有するものといわざるを得ない。

はたしてしからば、本件において疎明された事実関係のもとにおいては、債権者は債務者に対し所有権者として妨害排除等を求める実体上の権利を有しないものといわざるを得ないのであるから、債権者の本件仮処分申請は、結局被保全権利に関する疎明を欠くことになるのであるが、もとより保証をもつてこれに代えることも適当とは認められないから、これを却下するほかはない。

よつて、債権者の本件仮処分申請を認容してした主文第一項掲記の仮処分決定は取り消し、債権者の申請は却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十条を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 田中恒朗 宮田静江)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例